交通事故の被害に遭う前日に月給70万円とする雇用契約を締結した男性被害者が,交通事故により頚椎捻挫,腰椎捻挫などの傷害を負った場合に,事故前3年間の事業所得が約20万円、0円、105万だったことを考慮してもなお、雇用契約相当の収入を得られる蓋然性があったとして、症状固定日までの約300日間の合計額約792万円の概ね7割に相当する555万円の休業損害を認めた事案(さいたま地裁平成30年1月17日判決)
交通事故の被害に遭う前日に月給70万円とする雇用契約を締結した男性被害者が,交通事故により頚椎捻挫,腰椎捻挫などの傷害を負った場合に,事故前3年間の事業所得が約20万円、0円、105万だったことを考慮してもなお、雇用契約相当の収入を得られる蓋然性があったとして、症状固定日までの約300日間の合計額約792万円の概ね7割に相当する555万円の休業損害を認めた事案(さいたま地裁平成30年1月17日判決)
事案の概要
被害者は、高速道路上で普通乗用自動車を運転していたところ、加害者の運転する普通乗用自動車に追突される交通事故(以下「本件事故」という。)にあい,これにより傷害を負い、後遺障害14級となりました。
被害者は、本件事故の前日に、ある企業との間で、月給70万円とする雇用契約を締結していましたが、本件事故により、医療機関等に通院することを余儀なくされ、本件事故日から約1年後まで当該業務には従事できませんでした。
ところで、被害者は、本件事故当時定職に就いていたわけではなく、本件事故前3年間は事業所得として各約20万円、0円、105万円の収入があったものであり、被告加害者側からは、被害者の休業損害を算定する基礎収入は、賃金センサス男性学歴計全年齢平均賃金の7割が相当であるとの主張をされていました。そして、被害者の傷害の程度、内容からすると、休業損害は、日額1万0102円に本件事故翌日から起算して症状固定日までの331日を乗じた額の3割に相当する約100万円が妥当との主張がなされました。
これに対し、裁判所は、被害者が本件事故前日に締結した雇用契約の内容からすると事故前3年間の事業所得が上記のとおりだとしても、被害者には、上記雇用契約の内容相当の収入が得られる蓋然性があったとし、最終的に、被害者の休業損害として日額2万8000円に、本件事故翌日から日数44日分を乗じた額と、日額2万3333円に45日目以降症状固定日までの日数287日を乗じた額の合計額792万円の概ね7割に相当する555万円と認定しました。
休業損害は、交通事故の案件の中でも特に争点化することの多い論点の一つです。そもそも休業損害は、原則として、「事故前の収入を基礎として受傷によって休業したことによる現実の収入減」などがあって認められるものです。実務では、基礎収入をいくらにするのか、現実の収入減はあったのか、などが争点になることが多いです。本件もその一つであり、基礎収入の認定が争点になった事案です。事故時には定職についていなかったものの、事故の前日に雇用契約を締結し、具体的な賃金額まで決められていたという稀な事案において、裁判所がどのような判断を下すのかがポイントとなったものです。最終的に裁判所は基礎収入を、事故前日に締結されたばかりの雇用契約で定められた70万円を一つの基準としながら事案に応じて具体的な休業損害を計算したといえます。
休業損害のうち基礎収入が争点となっている事案において一つの考えを示した事例判決としてご紹介します。
- 逸失利益の定期金賠償を認めた事例(最高裁判所令和2年7月9日第一小法廷判決)
- 被害者(女性・80歳・主婦)の逸失利益について、夫と二人暮らし、夫の身の回りの世話をしていたとして家事従事者と認めた裁判例(大阪地裁平成30年7月5日)
- 左目の失明により運動能力が低下し、もとの持病が悪化した結果、右足膝下切断となった事案で、失明だけでなく切断との因果関係を肯定した裁判例(東京高裁平成30年7月17日)
- 評価損として、損傷の部位・程度を考慮し修理費の30%相当額を認めた裁判例
- 被害者の主張する代車費用を認めた事案(大阪地裁平成30年7月26日判決)
- 信号機による交通整理の行われている交差点において,右折合図することなく右折しようとした加害者(タクシー)と,対面信号機の青色表示に従って対向直進した被害者(原動機付自転車)とが衝突した事故において,被害者にも低速で右折を開始している加害者の動静に注視し,その安全を確認して進行すべき義務を怠った過失がないとはいえないとして,過失割合を,被害者側5%,加害者側95%と認めた事案(東京地裁平成30年5月9日判決)
- 事故により右大腿近位外側に皮下組織の損傷による皮膚の陥凹と色素沈着の残存、組織隆起等を残して症状固定となったメディアで活躍できるモデル等の仕事を将来の希望としていた被害者(女性・17歳)の後遺障害慰謝料について、同症状は、後遺障害等級14級5号に該当しないと認定しつつ、その大きさはそれなりに大きいこと、隆起が第三者からも認識可能であること、被害者の年齢、性別、将来の希望等を含め心理的負担を与えるなど事情を総合考慮して20万円の慰謝料を認めた事案(大阪地裁平成30年2月27日判決)
- 追突事故の受傷(頚椎捻挫など)により交通事故直後に予定されていた2件の国際ピアノコンクールへの出場を断念せざるを得なかった被害者(26歳・女性・ピアニスト)の慰謝料について、被害者の経歴や各コンクールで入賞するために努力を継続した事情に鑑みると、被害者の慰謝料算定において十分考慮すべき事情であるした事案(東京地裁平成30年1月29日判決)
- 交通事故の被害に遭う前日に月給70万円とする雇用契約を締結した男性被害者が,交通事故により頚椎捻挫,腰椎捻挫などの傷害を負った場合に,事故前3年間の事業所得が約20万円、0円、105万だったことを考慮してもなお、雇用契約相当の収入を得られる蓋然性があったとして、症状固定日までの約300日間の合計額約792万円の概ね7割に相当する555万円の休業損害を認めた事案(さいたま地裁平成30年1月17日判決)
- 被害者が行使する自賠法16条1項に基づく請求権の額と、労災補償法12条の4第1項に基づき国に移転し行使される上記請求権の合計額が、自賠責保険の保険金額を超える場合、被害者は国に優先して損害賠償額の支払いを受けられると判断した事案(最判平成30年9月27日)